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無人島「猿島」小旅行 — 横須賀から10分、ラピュタみたいな東京湾要塞跡

横須賀の三笠ターミナルから船で10分ほど、東京湾に浮かぶ無人島「猿島」へ行ってきました。江戸末期から首都防衛のための要塞として機能していた島で、弾痕の残る壁やレンガの積み方ひとつにも歴史が滲んでいました。

港周辺の散策とフェリーターミナル

横須賀駅の目の前には米海軍基地が広がり、海上自衛隊の船を見ることもできます。

周辺散策をしたかったため横須賀駅を出て、日本の近代化に貢献したフランス人技師ヴェルニーを称える「ヴェルニー公園」や、米軍関係者向けの英語表記が多いお店などを眺めながら歩きました。三笠ターミナルに到着すると、日露戦争(1905年終結)で活躍し、1926年から保存されている「戦艦三笠」が展示されています。

新三笠桟橋から見た保存戦艦三笠
今回はスケジュール的に行けなかったが、見学もできるそう。

14時30分発の船に乗り込み、猿島を目指します。猿島は横須賀から非常に近く、船で実質5〜10分程度の距離です。船は “NEW KUROFUNE” と書かれたかっこいいものでした。

桟橋に停泊する NEW KUROFUNE と、奥に見える猿島
右奥に見えるのが猿島

平日の船往復+島の入場料で2,100円。横須賀在住の方などは割引があるそうなので、調べてみても良さそうです。

東京湾の要塞島「猿島」へ

猿島は東京湾最大の「自然島」で、江戸時代末期から防衛陣地として、明治以降は首都防衛のための「東京湾要塞」として機能していました。

1895年頃に造られ、かつては蒸気機関で動いていた発電所跡。
この隣の坂を進んでいくと、切り通しへ進みました。

蒸気機関で動いていた発電所跡
発電所の横にある用途不明の狭い穴
発電所の横には謎の狭い穴もあって、用途が気になります。
緑に覆われた猿島の切り通し
切り通しはこんな感じ。

切り通しの壁には、全国でも数件しか残っていない「フランス積み」(1880年代の初期技術)と、のちに主流となった「イギリス積み」という2種類のレンガの積み方が見られます。国内で現存するフランス積みの建物は、富岡製糸場・米海軍 横須賀基地内倉庫・長崎造船所 小菅ドック・猿島のみだそうです。

切り通しの壁に残るフランス積みのレンガ
フランス積み。横方向に見ると「長」「短」「長」「短」と並んでいるのが特徴。
切り通しの壁に残るイギリス積みのレンガ
イギリス積み。こっちは長いレンガ一列・短いレンガ一列で並んでいます。

道幅の狭い通路はカップルが寄り添って歩くことから「愛のトンネル」と呼ばれ、内部には弾薬庫の跡などがあります。トンネル内はめちゃくちゃ涼しくて、夏に来たら避暑地になりそうです。
ここでは、すれ違った人が「よく関東大震災で崩れなかったね」などと話していました。たしかに。

緑に覆われた愛のトンネルの入口
愛のトンネル内部の煉瓦アーチ

壁の至る所に、戦後GHQが接収した際に日本兵が隠れていないか確認するために撃ったとされる弾痕(穴)が残っています。観光地として整備されていながら、こういう生々しさが普通に残っているのがこの島の特異なところでした。

壁に残された弾痕
弾痕
壁に刻まれた当時の文字
壁には当時書かれたであろう文字も。

砲台跡と防空監視所:全国初の台場(砲台跡)があります。

猿島高角砲台の砲座跡と説明板

3階建ての「防空監視所」は、仮面ライダーでショッカーの基地として撮影されていたそうです。言われてみれば、確かにそういう雰囲気。

3階建ての防空監視所

帰路:横須賀海軍カレーは食べそびれた

本土に戻り、締めくくりに「横須賀海軍カレー本舗」へ向かいました。

が、16時で営業終了とのことで断念。船の時間から逆算すると、もう少し早い便で渡る計画にすべきでした。もはやカレー食べてから島に行っても良さそう。

振り返って

猿島は「フェリーで10分」「猿はいない」「ラピュタみたい」と、入口のキャッチーさで人を呼びつつ、中身は要塞跡という骨太な歴史観光地でした。1880年代のフランス積みレンガから戦後のGHQの弾痕まで、明治〜昭和の100年弱が島の上に圧縮されている感じで、知識として知っていた歴史が「物」として目の前にあるのは、やっぱり強い体験でした。

一方で、観光地としての整備が完璧というよりは「廃墟がそのまま残っている」側に寄っていて、ウグイスの声と崩れかけの構造物のコントラストが、変にテーマパーク化されていないのが良かったです。整い切っていない観光地が好きな人や歴史が好きな人は、絶対に楽しめると思います。

横須賀カレーを食べそびれたのは心残りなので、これは次回ちゃんとチャレンジしたいところです。