WASSY.

Blog

沖縄国際手話祭に参加してきた — 音楽と手話が混ざる衝撃と、789人のギネス世界記録

2026年9月19日(土)、沖縄コンベンションセンター展示棟で開催された「沖縄国際手話祭」に参加してきました。一般社団法人日本手話文化協会が主催する、聴者・ろう者・難聴者が共同でつくり上げるイベントで、国際手話デー(9月23日)を前にした開催です。

このイベントに足を運んだのには、個人的な理由があります。私はかつて、聾者の方との会話で思うように意思疎通ができず、不自由を覚えました。その経験をきっかけに手話翻訳システムの構想・開発を手掛け始めてから、手話はずっと自分の中心的なテーマになっています(詳しい経緯はこちらの記事に書いています)。

だからこそ、手話がテーマの大規模イベントが、いま住んでいる沖縄で開かれると知って、行かない選択肢はありませんでした。

789人でギネス世界記録の一員に

この日の目玉のひとつが、ギネス世界記録「オンラインと単一会場で同時に行った最大の手話歌レッスン」への挑戦。

これは出演者だけが挑むものではなく、観客全員が参加者になる企画です。会場とオンラインをリアルタイムで接続し、楽曲『希望の羽』に合わせて全員で同時に手話を表現する。結果発表はプログラム終盤に持ち越され、789名での世界記録達成がアナウンスされました(プレスリリース)。

「ギネス世界記録を達成した」と言うとき、普通は誰かの偉業をニュースで見る側ですが、今回は自分もその789人のうちの1人。レッスンが進むにつれて、ステージも客席も、数百人の手が同じ歌を描いていく。会場全体がひとつの楽器になったような光景の中で、手を動かしながら記録の一部になるという、なかなかできない体験でした。

このイベントは全体を通して「手話を知るから使うへ」という転換を掲げていて、記録挑戦の形式が「手話歌の披露」ではなく「手話歌レッスン」なのも象徴的です。会場のブースにも「手話deお買い物にチャレンジ」という企画があり、観客を見せる相手ではなく、手を動かす当事者にする設計が徹底されていました。

音楽と手話を合わせることの衝撃

一番の衝撃は、音楽と手話・ダンスが混ざり合う表現に立ち会ったことでした。

正直に言うと、これまで自分の中で「音楽」と「手話」は別々の箱に入っていました。手話は言語であり、会話の手段。音楽は演奏して、聴いて楽しむもの。自分は10年以上音楽を続けてきて、翻訳システムの開発を通じて手話にも向き合ってきました。両方が手元にあったはずなのに、この2つを組み合わせるという発想は、一度も自分の中から出てこなかったのです。

その思い込みは、開幕直後から壊れ始めました。冒頭の舞台ストーリーに、瑚さんやデフダンサーたち——「聞こえないダンサー」によるダンスパートがあったのです。音に頼れないはずの彼女たちのダンスは、圧倒されるほどの表現力で、そして何より、心から楽しそうでした。「聞こえないのにすごい」という感想を通り越して、ただ良いダンスとして目に焼き付く。音楽は耳だけで聴くものではない——長く音楽をやってきて頭では分かっていたはずのことを、彼女たちのダンスに改めて思い知らされました。

MINMIさんの特別ライブでは、ヒット曲「シャナナ」が手話とコラボ。といっても、完全な手話歌ではありません。サビに合わせて数字の「七(ナナ)」の手話を掲げて、リズムに乗る——それだけの、ジェスチャーに近いシンプルな参加でした。でも、これがとても楽しい。難しい表現を覚えなくても、手の形ひとつあれば、聞こえる人も聞こえない人も同じサビで一緒に乗れる。作り込んだ融合だけでなく、こういう軽やかな混ざり方もあるのかと、肩の力が抜ける発見でした。

聞こえる・聞こえないに関わらず、同じステージを共有できる表現が目の前で成立している。技術で壁を溶かすことを考え続けてきた身として、技術を介さずとも文化と表現の力で壁が溶ける瞬間を見せられた気がして、良い意味で頭を殴られました。

同時に気づかされたのは、視点の話です。音楽も手話も、自分の手元に何年もあった。それでも組み合わせには気づけなかった。同じ素材を持っていても、どう組み合わせるかは視点次第で、世の中にはいろんな視点がある。だから面白いのだと、素直に思いました。

振り返って

手話翻訳システムに取り組んでいると、どうしても手話を「翻訳対象の言語」として、つまり機能の面から見がちです。でもこの日会場で見たのは、手話が持つ表現としての豊かさと、それを中心に人が集まる文化の強さでした。

「手話を知るから使うへ」という言葉は、そのまま自分への問いでもあります。聾者との会話の不自由から翻訳システムを志した自分こそ、手話を「使う」側に回らなければいけない。789人の中で手を動かしながら、そんなことを考えた一日でした。